2007年2月 上石神井工臨1810レ1811レ【E31形重連貨物】

引き続き、2017年2月分の上石神井工臨です。

上石神井工臨とは

玉川上水を23:30頃に出発し、上石神井を目的地とする
深夜に運転されていたE31形電気機関車牽引による西武新宿線の貨物列車(工事臨時列車=工臨)です。

編成は機関車のE31形と、貨車であるホキとトムによって組成され、
機関車は、往路復路共に重連による牽引となります。

玉川上水にて、ホキには新しいバラスト(敷石)を、あらかじめ積載しています。
保線を必要とする箇所では、ホキに積んだ新しいバラストを線路に補充し、
古くなった砂利をトムに乗せて持ち帰る、というものです。

上石神井駅まで電気機関車E31形が牽引し、
保線箇所まではモーターカーがホキとトムを、それぞれ牽引する方式でありました。

2007年の上石神井工臨では、E31形は現場に向かうことは無く
夜半の保線作業中は、上石神井駅にて留置されます。

復路は、上石神井を4:30頃に出発し玉川上水に帰ります。
往路とは異なり、ホキの積み荷は空になり、トムには古くなったバラストが積まれています。

運転日は、基本的に往路が月・水・金の終電間際と、
復路は火・木・土の始発前、というパターンで運転されていました。

西武新宿線の上石神井工臨は、2007年3月をもって運転を終了しています。

2007年2月 上石神井工臨【E31形重連貨物】

2007/2/2出発分

1/31水曜日は運転されなかった上石神井工臨でしたが
2/2金曜日は運転されました。

玉川上水では多摩湖線の運用を終えた225Fの入庫列車とも顔を並べています。
ここで低運転台が入庫してしまうと、翌朝の萩山には必然的に新101系が停まっていることになります。

復路は萩山にて。
トムには交換されたバラストが積んであるのが見えました。

2007/2/5出発分

運転はありましたが、記録は無し。

2007/2/7出発分

この日は往路の分は記録なし。
復路を萩山で狙っています。

停まっていたのは多摩湖線に残る唯一の低運転台車225Fでした。

2007年当時は中央線高架化工事の影響で、
多摩川線との車両を入れ替える甲種輸送が取り止めとなっている時期でした。

当時、多摩川線には217F、219F、221F、223F、4編成の低運転台車が残っていましたが
2010年度までに、新101系に置き換えられて廃車となっています。

225Fについては一足早く、多摩湖線においてその役目を終えており、
この記録のちょうど一年後である2008年2月に引退しています。

2007/2/9出発分

この日も、飽きずに玉川上水からスタート。

しかし、流石に同じようなカットしか量産していないことに気付いたのか
非常に写真の枚数が少なめでありました。

往路は23:50に萩山、復路は5:02に小川。
この双方を写真に収めることが出来ている当時の体力には
思わず若さを感じてしまいます。

2007/2/12出発分

運転はありましたが、記録は無し。

2007/2/14出発分

特に何も予定はなかったのですが往路は撮り逃しています。

しかし何故かそういう日に限って、唯一のホキ3運行。
これだけ撮っていて、唯一のホキ3運行の日に
往路を撮り逃すという失態の日でありました。

重連でのホキ3は、色々な方の今昔写真を見てきましたが
いまだに見かけたことの無い姿であります。

2007/2/16出発分

この日から運行ダイヤと組成が変更になりました。

運行ダイヤについては、
玉川上水発車は時刻そのままに、準急の上り終のマエ走りで上石神井側線到着のところを
東伏見にて待避し、上石神井場面では上り終のアト走り、本線に到着となりました。

組成については、
これまで上り1810レについては
機関車、ホキ、トム、の順番でしたが
機関車、トム、ホキ、の順番に変更となりました。

保線作業を行う場所が遷移した関係なのでしょうか?
それならば、前回のホキ3運行にも、
この切り替わりのタイミングに強引に意味を持たせてしまえば、頷けるものです。

上石神井での入れ換え方法も異なっており、
それは次の日の項で詳説します。

2007/2/19出発分

上石神井駅到着後の動き

工臨列車が本線に到着

編成のまま、上り方へ進行

側線よりモーターカーがホキに連結し、上りホームへ引き上げる(4枚目)

上りホームにてホキとモーターカーのPP(プッシュプル)を組成

モーターカーがトムに連結し(5枚目)、上りホームへ引き上げてPPを組成(6枚目~8枚目)

モーターカーで組成された2編成が、武蔵関方面へ出発

E31形が上りホームに据え付けられて入庫

上石神井到着後の動きは、なかなか文字で表現すると難しいのですが
上記のような流れでありました。

機関車が上り本線を塞いでいるので、必然的に保線が必要な個所は下り方面であることが想像できます。

この方策を採らなかった2月前半は、あくまで想像ではありますが、
上り方面での保線作業だったのかもしれません。

(あれだけ観察していながら、モーターカーの動きには無頓着でした)

2007/2/21出発分

玉川上水→東伏見→上石神井→萩山と渡り歩いています。

東伏見では、上り終電車の準急との並びです。
基本的に3ドア10両が入る運用だったので、今見返してみると贅沢な光景に感じます。

上石神井では、夜中の間に機関車を留め置く位置が
この日に限っては随分と下り方に寄っていました。

折角ですので、出発のギリギリまで粘ってライト点灯を撮影しています。

その後は萩山にてお見送り。
当時、どうも手持ちのレンズに不具合があったようで
思うような構図を取ることが出来ずに列車は到着。
同行していた某氏を後ろから写し止めるという、なんとも珍妙な記録が残っていました。

2007/2/23出発分

毎度おなじみ玉川上水観察。
入れ換えについても、だいぶ詳しくなりました。

1810レは東大和市駅にて走行にチャレンジしています。
イマイチな仕上がりですが、当時の記録ということで。

上石神井に先行して、上り終の3ドアを見届けてから工臨が到着しました。
ホキに砂利が満載である姿が見て取れます。

入れ換え後は、ホキPPと、トムPPを撮影しています。
最後の写真に写るのは、バラストクリーナーでしょうか。
なかなかに、ゴツい形相をしております。

復路の記録は無し。

2007/2/26出発分

玉川上水入れ換え観察9回目にして、ようやく北側から狙いを変更しました。
とはいえ、南側からのようにスッキリと見渡すことは出来ないので
写真の枚数は限られます。

復路の萩山では、ギザギザ屋根に懐かしい雰囲気が漂います。
見返して気付きましたが、E31側に屋根からぶら下がっているのは移動禁止の表示器でしょうか。
この位置の移動禁止表示器は、過日の6両時代のハユ分割に用いられていたのかなと想像してしまいました。
(両数関係なく稼働していたのかもしれません)

2007/2/28出発分

2月分も、本日で最後の運転となります。

2/28は、昼にカマ交換が行われており
これまで上石神井工臨を担当してきたE33-E34ペアが武蔵丘に戻り、
E31-E32ペアが玉川上水に送り込まれています。

E31-E32ペアは、上石神井工臨最終日の3月23日運転分まで担当しています。

復路の小川での停車位置は、手前寄りでした。
小川の停車は30秒程度ですので、停止位置を把握してからの場所移動はなかなか難しいものでした。

しかし振り返ってみれば、それも含めて、いい思い出になっています。
あんなに悔しくて仕方がなかったはずなのに、不思議なものですね。


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この記事を書いた人

SSK
SSK【西武線に対する趣味的理解が深まるブログをお届けします】
20年以上に渡り、西武鉄道の写真を趣味で撮影する東京生まれの埼玉県民。
西武線の撮影実績(写真在庫)は10万枚以上。
ホームページ・ブログ運営は15年以上。
子どもと電車を眺めているのが最近の専らです。詳細なプロフィールはこちら