2007/1/24~25 フル編成工臨運転

E33-E34ペアによる、フル編成の工臨が運転されました。

西武鉄道にける晩年の工臨の運転は、
横瀬車両基地での貨車検査にともなう運転の他、

新宿線の始発点となる玉川上水までの運転から
新所沢工臨上石神井工臨に繋がるパターンと、

1804レで山下り後の武蔵丘からは、
保谷工臨小手指工臨に繋がるパターンが多くみられました。

この記事で紹介する工臨は、ダイヤ上、2日に分けてとなりますが、
横瀬から玉川上水まで運転されています。
上述した上石神井工臨の運転に備えてのものでした。

玉川上水からはE31-E32ペアによるフル編成工臨も運転されており、
カマと貨車の交換を一度に行ったような運転となりました。
順を追って紹介します。

2007/1/24~25 E34-E33 PPフル編成工臨

1/24 1804レ(横瀬→武蔵丘)

E34-ホキ3-トム7-E34

横瀬での4番入れ換え前。
4番への入れ替えは17:30過ぎから行われ、出発の30分前ほどには
入れ換えが完了していることが殆どでした。

出発前における編成の組成は、横瀬車両基地内で
15時頃に行われていたのを覚えています。
(日によってまちまちでした)

11番→10番→4番、おなじみの入れ替えを終え、横瀬発車。
入れ換え後は30分ほど待ち時間があるので、乗務員さんも駅本屋に一旦引き上げていました。

夏場の1804レは芦ヶ久保までであれば、走行写真も可能な時間帯です。

芦ヶ久保に停車するフル編成工臨。
標識灯も点灯して非常にサマになっている姿です。
フル編成にフル点灯、今見返してみても非常にかっこいい姿です。

吾野でも長い停車がありました。

この後、1804レは武蔵丘に入庫となり本日の運転は終了となります。
基本的に1804レ運転の際は、その後に延長してどこかまで行くということは
無かったように記憶しています。

1/25 1802レ(武蔵丘→所沢)

昨晩、1804レで運転された編成がそのまま武蔵丘を出庫しました。
飯能到着は10:10頃。

最晩年となる時期ですが、この1802レが運転されるのは
おそらく、2008年4月頃までだったと記憶しています。

そもそも新宿線での貨車付きの工臨運転が、この2007年で終わっているので
新宿線に向かう1802レの存在そのものが不要になっています。

貨車の付いた工臨の運転は2008年頃を境に無くなりましたが、
車両基地公開イベントなどでは三重連で運転されたり、
他社譲渡への車両を西武線内で牽引したりと
たびたび新宿線に入ることはありました。

しかし、そのどれもが時間はバラバラであり、
その頃には1802レ~1803レ自体、存在が消滅しています。

近年では、地下鉄直通の快急に
1800番台の列車番号が割り振られていますが
どうしても、この赤い機関車を思い出してしまいます。

トムと繋がる側のE31形は顔がよく見えるので写真映えもします。
編成の組成は E31-ホキートムーE31という組み方の方が
後ろのカマの顔がよく見えるので好みでした。

とはいえ、E31の工臨は進行方向が、飯能・新所沢で変わるので
そこまで強く意識していたものでもありません。

1/25 1862レ(新所沢→小川)

1802レは、池袋線上り列車として武蔵丘から所沢を運転し、
所沢からは新宿線下り列車1851レとして運転されます。

昼前には新所沢へ到着し、ひと時の休憩。

午後は14時前に新所沢を1862レとして出発し、玉川上水を目指します。

1802レで武蔵丘を出庫すると、
基本的には当日そのまま玉川上水まで運転されていました。

上りと下りが頻繁に入れ替わるので、
その列車番号の変遷も、非常に慌ただしいように読み取れます。



1802レ 武蔵丘→所沢(池袋線上り
1851レ 所沢→新所沢(新宿線下り
1862レ 新所沢→小川(新宿線・国分寺線上り
1863レ 小川→玉川上水(拝島線下り

このあと、小川駅では拝島線を跨いで側線に入ります。
小川駅での様子は、写真でしか見たことは無いのですが
本線を堂々横断する様は、非常に新鮮な姿でした。

2007/1/25 E32-E31 PPフル編成工臨

玉川上水へ到着したE33-E34のフル編成でしたが
玉川上水では、既にE31-E32によるPPフル編成が組成されていました。

画像手前に見えるのが、先ほどまでE33-E34が牽引してきた貨車で、
奥側に組成しているのがE31-E32PPによる、
玉川上水から出発する編成となります。

1/25 1864レ(玉川上水→小川)

そして、この日は1864レもフル編成で運転されました。
朝から晩にかけて、一日中フル編成の工臨が運転されていたことになります。

この後は、新所沢まで運転されて、
21時頃には1803レで武蔵丘まで運転となるはずですが
流石に記録はここで途絶えてしまいました。

前日の1804レから、ほぼ丸一日、
E31形のフル編成を眺めていられる、ぜいたくな2日間の記憶でした。

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この記事を書いた人

SSK
SSK【西武線に対する趣味的理解が深まるブログをお届けします】
20年以上に渡り、西武鉄道の写真を趣味で撮影する東京生まれの埼玉県民。
西武線の撮影実績(写真在庫)は10万枚以上。
ホームページ・ブログ運営は15年以上。
子どもと電車を眺めているのが最近の専らです。詳細なプロフィールはこちら