そもそも263Fの編成は
279F2両編成と、255Fの中間モハ2両から再組成されています。
車番の新旧比較は以下の通りとなります。
現車番:[263]-[264]-[265]-[266] 旧車番:[279]-[256]-[255]-[280]
※元となった編成は279Fと255F
279F:[クモハ279]-[クモハ280] 255F:[クハ1255]-[モハ255]-[モハ256]-[クハ1256]
※余剰となるクハ1255とクハ1256は廃車
263F組成の為に、2つの編成が本線での活躍を終えて、
各種回送が実施されています。
上に3枚ほど紹介した模様は、255Fの回送の記録となります。
263F絡みの動きでは、初の動きであったかと記憶しています。
当時はE31形電気機関車は現役ながらも
その後についての話がちらほらと出始めていた頃でした。
◇
255Fの回送から2日後、中間モハは武蔵丘でそのままに
クハ1255とクハ1256の廃車回送が実施されます。
この回送の組成も、なかなか奇妙な方式で
飯能方を281F、横瀬方を279Fでサンドした編成での運転となりました。
武蔵丘→[281]-[282]+[1255]-[1256]+[279]-[280]→横瀬
前述した通り、横瀬までの回送の先頭を務めた279Fは
263Fのクモハ263とクモハ266となる車両でして
この回送後、そのまま武蔵丘に入場しています。
横瀬に2-2-2と聞くと、今でこそ思い返してしまいますが
引退イベント時の組成が思い起こされます。
この角度から見ると、中間の2両にパンタも何もなく
クハ同士の連結であることが、よく分かります。
281Fをピット脇に逃がして、
279Fの推進でクハを押し込んでいます。
写真にも写っている通り、E31形は横瀬にて
E32号機とE33号機が留置されており、
果て一体、何故機関車での牽引でなかったのか、いまだに謎のままです。
当日前後は特に甲種輸送もなく
数日後に小手指工臨は運転されるものの、
機関車のやりくりがひっ迫している状況にはありませんでした。
それこそ思い返してみれば9000系のV化改造も
当初は武蔵丘→小手指の回送は新101系のサンドイッチでの出場でした。
きっと何かあるのでしょうけど、
今となっては、果たしてその理由を知る術もなく…
PPを務めた両編成は、当日のうちに武蔵丘まで回送されました。
くどいようですが、279Fはこの回送を持って武蔵丘に入場。
モハ255-256と共に、263Fへの組成に向けての作業が実施されることになります。
263Fの武蔵丘出場は約4か月後の、2008/3/26でした。
次回の記事では、出場の様子や、
それ以降の牽引試験の動きを紹介したいと思います。
この記事を書いた人

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