西武6000系の話題 2003年踏切事故(後編2/7)

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2022年にデビュー30周年を迎えた西武6000系。

武蔵丘車両検修場直通のツアー列車などで注目を集めています。

いま一度6000系の話題や近年の変遷を前編・後編の2部構成で振り返ってみます。

当記事は後編(2/7)です。

無線機の交換で玉川上水へ向かう6152F(小平/2021.12.4)

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SSK
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こんにちは。

西武専門の鉄道マニアです。
趣味:西武線の写真をブログにまとめること

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西武6000系に廃車は発生している?→ありませんが、危ないことはありました

コンサートの臨時ダイヤで西武球場前駅に4編成(6111F・6114F・6106F・6155F)が集結した(2019.7.13)

登場から30年が経過した西武6000系ですが、1両の廃車も発生していないことは特筆されます。

同時期に登場した9000系は80両から20両に数を減らしていることを考えると、その圧倒的な残存率は脅威にも思えます。

6000系…250両→250両
残存率100%(登場初年1992年)

9000系…80両→20両
残存率25%(登場初年1993年)

しかし、2003年には廃車の危機に瀕したことがありました。

次の項で紹介します。

2003年の西武池袋線踏切事故

2003年9月16日、西武池袋線大泉学園駅~保谷駅間で踏切事故が発生しました。

大泉学園~保谷間の踏切事故、当該は6152F

踏切事故後、小手指車両基地に留置される当該車(小手指/2004.2.8)

2003年9月16日 西武池袋線踏切事故概要

新線池袋15:49始発の普通小手指行き(6152F)が、大泉学園駅を定刻に出発後、大泉学園6号踏切で2トントラックと衝突。この弾みで6152Fは先頭6152号車の前台車全2軸が、進行右手側に脱線。上り線を支障する形で停止した。
乗客約500名と乗務員2名にけがはなく、対向列車もいなかった。
事故は、踏切待ちで停車した2トントラックの運転手がジュースを買いに車から離れた際に発生。
この影響で西武池袋線は同日23時半頃まで池袋ー所沢間で運転を見合わせた。



以下は鉄道事故調査報告書のスクリーンショットの抜粋です。

※免責表記
運輸安全委員会「著作権・リンク・免責事項について」に記載の通り、鉄道事故調査報告書RA2004-2の内容を、当ブログ(Rail Log)でスクリーンショットして作成。

参考リンク



脱線事故発生後の6152Fの動きは以下の通りです。

長いあいだ、小手指車両基地に留置されていることが分かります。

2003.9.16 事故発生、6152Fは保谷電留線へ収容(後続の101系で推進?)
2003.10.13 2本に分割した上、101系の牽引で小手指へ移動

この間、約8カ月小手指車両基地に留置
(2004年5月以降は、E31牽引で武蔵丘へ入場するシーンも)

2004.6.6 6152~6452号車が日立下松工場へ修理のため甲種輸送
2004.9.5 6152~6452号車が日立下松工場での修理を終えて小手指へ到着
2004.9.17 運用復帰

先頭6152号車の先頭部はビニールシートで覆われていた(小手指/2004.2.8)
見慣れない台車を履いており、木材で車体を支えているようにも見える(小手指/2004.2.8)
前から5両目の6552号車の床下も損傷(小手指/2004.2.8)

事故後は、6152~6452の4両と、6552~6052の6両で修理工程が異なりました。

前者については、製造元の日立製作所下松工場で修理。

後者については、西武の武蔵丘車両検修場で修理となりました。

山口県下松の日立へ発送前に一旦武蔵丘へ入場する姿も見られた(仏子/2004.5.28)
発送される車両の帯部分はラッピングされていた(小手指/2004.5.28)
牽引したE33には検査表記が残っていた(小手指/2004.5.28)

下松へ向かう前には、一度武蔵丘車両検修場に入場する姿も見られました。

修理を終えた4両が西武線に到着(西所沢→小手指/2004.9.5)
小手指に到着して14番線に押し込まれた6152号車以下4両(小手指/2004.2.8)
床下は損傷個所のみを修繕したことから、明暗差が際立っていた(小手指/2004.2.8)

2003年9月から2004年の9月にかけて、1年ほど運用を離脱していた6152Fの話題を紹介しました。

当時の6152Fは小手指の14番線に長いこと留置されており、廃車されてしまうような雰囲気が確かにありました。

(2002年まで小手指14/17番線では廃車車両の解体を行っていたため、その印象も強いものでした。)
※横瀬の廃車解体は2003年の1213Fから開始

西武6000系はスカートを外して運用に入ることも

スカートを外して運用に入った6107F(小川→東大和市/2006.7.8)

他にも事故当該となった例として、スカートを外して運用に入った6107Fを紹介します。

このときは、踏切事故の影響でスカートを破損していた模様です。

※上り方のクハ6107のスカートは取り付けられたまま

踏切事故の6152Fなどについてまとめてみた感想

6152Fの踏切事故やスカートを取り外した6000系について書きました。

  • 2003年9月に大泉学園~保谷間で発生した踏切事故の当該は6152Fだった
  • 事故後は保谷と小手指で留置され、運用に復帰したのは1年後だった
  • 別の事故の際には、新宿線の6000系もスカートを取り外して運行されていた


ということが分かりました。


\ いつもありがとうございます! /
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